東京地方裁判所 昭和48年(ワ)5452号 判決 1975年10月17日
原告 中村聡一
右訴訟代理人弁護士 小竹耕
被告 新井保夫
右訴訟代理人弁護士 佐藤安俊
被告 深田恵作
被告 有限会社北小屋商事
右代表者清算人 佐藤美智子
主文
一 被告新井保夫は、原告に対し、別紙目録記載の土地につき東京法務局城北出張所昭和三八年五月二八日受付第一二二九四号所有権移転仮登記に基づく本登記手続をせよ。
二 被告深田恵作、同有限会社北小屋商事は、原告に対し、右本登記手続を承諾せよ。
三 訴訟費用は被告らの負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
(原告)
主文と同旨
(被告ら)
原告の請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
第二当事者双方の主張
一 請求原因
1 訴外青木源七は、被告新井保夫(以下、被告新井という。)に対し、昭和三六年初め頃から同三七年一二月一三日までの間一五回にわたり合計七三〇万円を貸渡していたが、同三七年一二月一三日、被告新井との間で、右債務を目的として、金額七三〇万円、弁済期昭和三九年一二月一三日、利息年一割五分、遅延損害金日歩八銭二厘とする準消費貸借契約を結んだ。
2 訴外新井雪蔵は、昭和三七年一二月一三日、訴外青木との間で、前項の債務のうち五〇〇万円を担保するため、別紙目録記載の土地(以下、本件土地という。)につき被告新井が前項の債務中五〇〇万円を期限に返済しないことを条件とする停止条件付代物弁済契約を結び、東京法務局城北出張所昭和三八年五月二八日受付第一二二九四号をもって訴外青木を権利者とする所有権移転仮登記を経由した。
3 右新井雪蔵は昭和四〇年一二月一二日死亡し、被告新井が相続により右雪蔵の権利義務の一切を承継した。
4 訴外青木は、昭和四八年三月二四日、原告に対し、前記1項の被告新井に対する債権および前記2項の停止条件付代物弁済契約上の権利を譲渡し、同月二六日、被告新井に対しこの旨を通知し、同月三〇日には前記仮登記につき移転の付記登記を経由した。
5 被告新井は前記弁済期を徒過したので、原告は条件成就により本件土地所有権を取得している。
6 仮に、前記停止条件付代物弁済契約が譲渡担保契約の実質を有するものとしても、被告新井は訴外青木および原告の度々の催告にもかかわらず前記債務を支払わないので、原告は譲渡担保を原因として本件土地所有権移転登記を求め得る地位にある。
7 本件土地につき、被告深田恵作(以下、被告深田という。)は東京法務局城北出張所昭和四七年九月八日受付第六九九九四号による所有権移転登記を経由しており、被告有限会社北小屋商事(以下、被告会社という。)は同出張所昭和四七年一一月一七日受付第九一六五七号による根抵当権設定登記を経由している。
8 よって、被告新井に対しては前記仮登記の本登記手続を求めるとともに、被告深田および被告会社に対しては右登記手続の承諾を求める。
二 被告らの答弁
(被告新井)
1 被告新井が請求原因1項のような契約を結んだ事実は認めるが、金額が七三〇万円であることは否認する。約定金額は五〇〇万円である。
2 請求原因2項ないし4項の事実は認める。
3 同5項および6項の主張は否認する。
(被告深田)
1 請求原因1項の事実は知らない。
2 同2項ないし4項および7項の事実は認める。
3 同5項および6項の事実は否認する。
(被告会社)
1 請求原因1項の事実は知らない。
2 同2項ないし4項の事実は認める。
3 同5項ないし7項の事実は否認する。
三 被告新井の抗弁
1(停止条件付の抗弁)
(一) 訴外青木から融資を受けていたのは訴外五洋工業株式会社(以下、訴外会社という。)であって、訴外会社は昭和三七年一一月七日の倒産の時点で訴外青木に総額約七〇〇ないし八〇〇万円にのぼる訴外会社振出手形を交付していたが、これには手形の書替に際し旧手形の返還を受けなかった分も含まれており、真実の債務額は三〇〇万円前後であった。
(二) 訴外会社の倒産後、訴外青木は訴外会社の経営者であった被告新井に対し被告新井個人の債務負担と本件土地に対する抵当権設定を求め、これに応ずるなら二〇〇万円の追加融資をする旨申し入れた。被告新井はこれを承諾して、二〇〇万円の融資を停止条件として、前記三〇〇万円に右二〇〇万円を加算した五〇〇万円について被告新井を借主とする準消費貸借契約を結ぶとともに、本件土地につき請求原因2項の約定による登記を経由したのである。
2 (詐欺による取消の抗弁)
仮に右1の抗弁の理由がないとすれば、訴外青木は追加融資をする意思がないのに、二〇〇万円の追加融資をする旨虚偽の事実を述べて被告新井を偽罔し、被告新井をして追加融資が得られるものと誤信させ、よって本件準消費貸借契約を締結させたものであるから、被告新井は昭和四八年一一月九日の本件口頭弁論期日において原告に対し右債務負担の意思表示を取消す旨の意思表示をした。
3 (清算金引換給付の抗弁)
仮に以上の抗弁の理由がないとすれば、被告新井は清算金の支払があるまで本件登記手続の履行を拒絶する。本件土地のうち約一〇〇坪は被告が使用中、残りは第三者が賃借使用中であり、更地価格は一坪あたり三〇万円であるから、時価総額は三一八〇万円を下廻らない。しかして、本件土地については被告深田が所有権取得登記を有するが、被告新井は被告深田に対して本件土地所有権を移転したことはなく、同被告は被告新井が訴外砂川正男に対する二五〇万円の借受金債務を支払うまで本件土地を預かると称して右登記を経由した無権利者にすぎない。なお請求原因1項の準消費貸借契約当時の実債務額は三〇〇万円であった。
四 抗弁に対する原告の答弁および主張
1 抗弁1項および2項の事実は否認する。
2 同3項の事実中、本件土地を被告らが使用中であることは認める。本件土地上には訴外石川某、同岩井某ら所有の建物が存在するため、建付地価格は一坪あたり一五万円、総額で二一四五万円以下と見るべきであり、また、本件仮登記より先順位の東京法務局城北出張所昭和三七年一〇月九日受付第二二一九七号根抵当権設定登記の被担保債権額を考慮しなければならないので、昭和五〇年八月二二日現在における原告の本件貸金債権元本五〇〇万円、利息一五〇万円、遅延損害金一五九九万円の合計二二四九万円と対比すると、本件口頭弁論終結時において被告新井に交付すべき清算金は存しない。
第三証拠≪省略≫
理由
一(請求原因1項について)
≪証拠省略≫によれば、訴外会社は昭和四六年二、三月頃から訴外深田コトから手形貸付の方法により融資を受け、翌三七年には融資残高も多額にのぼっていたところ、そのころ右深田は訴外青木に対し融資残高の肩代わりを求め、その了承を得て、同年中におおむね訴外青木への肩代わりを了したこと、訴外会社は同年一一月手形不渡りを出して倒産したが、その時点で訴外青木の手許には訴外会社振出の単名手形とその実質上の経営者である被告新井振出の手形とが混在しており、訴外会社の倒産により右貸付金の回収不能をおそれた訴外青木は被告新井に対し訴外会社の右手形貸付債務についても同被告が責任を負うことおよび被告新井個人所有財産の担保提供を求めたところ、同被告はこれを承諾し、同年一二月一三日、訴外会社の社員松下隆一を代理人として訴外青木との間で、借受金元金を七三〇万円、利息年一割五分、遅延損害金日歩八銭、最終返済期限昭和三九年一二月三一日とする準消費貸借契約を結び、同日右の内容を有する公正証書を作成した事実が認められ(る。)≪証拠判断省略≫
被告新井は、右昭和三七年一二月一三日の時点における実債務額は三〇〇万円であると主張するところ、証人松下隆一は手形切替にあたり回収もれの手形も生じていたため実債務額は五〇〇万円前後であった旨の証言をし、被告新井本人も当時訴外青木に対する債務額が約三〇〇万円、訴外深田に対する債務額が約二〇〇万円であった旨供述するけれども、右供述はいずれも抽象的でこれを裏づける書証もないのでたやすく措信できず、他に右準消費貸借債務中四三〇万円についてこれが存在しなかったと認めるに足りる証拠はないから、右被告の主張は採用できない。
二(請求原因2項ないし4項について)
訴外新井雪蔵が、昭和三七年一二月一三日、被告新井の前項の債務のうち五〇〇万円を担保するため本件土地につき同被告が右五〇〇万円を期限に返済しないことを停止条件とする代物弁済契約を結び、翌三八年五月二八日訴外青木を権利者とする所有権移転仮登記を経由したこと、右雪蔵は昭和四〇年一二月一二日死亡し、同人の権利義務は被告新井において承継したこと、訴外青木は昭和四八年三月二四日原告に対し前項の債権と右停止条件付代物弁済契約上の権利義務一切を譲渡し、同月二六日被告新井に対し右債権譲渡の通知をし、同月三〇日前記仮登記について原告への移転付記登記を経由した事実はいずれも各当事者間に争いがない。
三(停止条件付の抗弁について)
被告新井は前叙準消費貸借契約が二〇〇万円の追加融資を停止条件とするものであった旨抗弁するけれども、≪証拠省略≫によって認められる、訴外青木は右準消費貸借契約成立後訴外会社または被告新井に対し一切追加融資をしなかったにもかかわらず、訴外雪蔵はその後五か月余を経過した昭和三八年五月二八日に本件土地に対し前記のとおり所有権移転仮登記を経由したこと、そしてその間訴外会社は負債総額約一億二〇〇〇万円をかかえて満足に事業運営をなし得る状態にはなく、昭和三八年四月には破産の申立も受けており(≪証拠判断省略≫)、とうてい訴外会社が事業を継続できる見込みはなく、したがって追加融資が得られるべき客観情勢にもなかったし、僅か二〇〇万円の融資で訴外会社の事業を続行できるわけもなかった事実に徴すると、容易に措信できず、他に右抗弁事実を認めるに足りる証拠はない。
したがって、右被告新井の抗弁は採用できない。
四(詐欺による取消の抗弁について)
本件準消費貸借契約が訴外青木の被告新井に対する偽罔行為によって成立したとしても、取消しうべき法律行為の取消はその法律行為の相手方に対してしなければならないから(民法一二三条)、相手方ではない第三者たる原告に対してなした被告新井の取消の意思表示によってはその効果を生ずるに由がない。
のみならず、そもそも訴外青木に被告新井主張の如き偽罔行為が存在したかについて、もしそのような偽罔行為が存在し被告新井において二〇〇万円の追加融資がなされるものと誤信していたとすれば、前述のとおりその後右二〇〇万円の追加融資がなされず、昭和三八年四月には訴外会社について破産の申立もなされたのちの同年五月二八日に本件所有権移転仮登記が経由されるはずはないのであるから、被告新井主張の如き偽罔行為や誤信があったとはとうてい認めることができない。
したがって、被告新井のこの点の抗弁も理由がない。
五(本登記請求の当否および清算金引換給付の抗弁について)
1 本件停止条件付代物弁済契約が原告主張の債権中五〇〇万円を担保する目的で締結されたことは前叙のとおり当事者間に争いがなく、≪証拠省略≫によれば、本件土地には右条件付代物弁済契約に基づく所有権移転仮登記のほか同時に同一債権額について抵当権も設定登記されている事実が認められるから、右条件代物弁済契約がその実質において債権の優先弁済を目的とするいわゆる仮登記担保権の性質を有することは疑いがない。そして、右担保権の実行方法として帰属清算および競売による清算の両手段が選択的に予定されている本件担保権については、停止条件付代物弁済契約の形式をとってはいても、約定弁済期の経過によりただちに本件土地所有権が担保権者に移転すると解すべきではなく、担保権者が帰属清算の方法による権利実行の意思を明らかにした時点で本件土地所有権が担保権者に移転するものというべきである。
しかるところ、本件において、担保権者たる原告が被告新井に対し訴訟外で担保権実行の意思を表示した事実を認むべき証拠はないから、原告の本件土地所有権取得による帰属清算の意思表示は本件訴状の被告新井に対する送達によってなされたものというべきであり、右訴状送達の日であること記録上明らかな昭和四八年七月二八日限り本件土地所有権は原告に移転し、以後原告は被告新井に対し前記仮登記に基づく本登記手続を求めうるに至ったものということができる。
2 そこで、被告新井の清算金引換給付の抗弁について判断する。
仮登記担保権の権利実行にあたり帰属清算の方法による場合の清算金の数額は、権利実行時における担保物の交換価値(仮登記担保権者に対して対抗できる賃借権等の負担を考慮してのそれ)から先順位の負担を控除したものと被担保債権の元利合計額との比較において決定される。
その場合、担保物に賃借権等の負担が存することにより担保物の交換価値が低下することはこれによって清算金額が減少することを主張する担保権者に主張立証責任があるものと解される。
また、仮登記担保権者が担保設定者に対し帰属清算の方法によりその権利を実行する場合、当該担保権者より後順位の担保権者等が存在したとしても清算の目的となる被担保債権について民法三七四条の制限を受けることはないものと解すべく、この理は当該担保権者について適用されるだけでなく、これに優先する仮登記担保権者が存在した場合の担保物の交換価値の評価に際しても同様に適用されなければならない。そして、右の方法によって利息および遅延損害金の数額を確定する場合の終期は、先順位および後順位の仮登記担保権者のいずれについても口頭弁論終結時であると解される(以上につき最判昭四七・一〇・二六民集二六・八・一四六五参照)。権利実行の意思表示によって担保物の所有権が仮登記担保権者に帰属するとしながら清算の基準時を右意思表示の時ではなく口頭弁論終結時と解することの当否には異論もあり得ようが、担保権者への所有権移転と同時に担保提供者の債務弁済による担保物取戻しが許されなくなると解さねばならない必然性はなく、仮登記担保権の担保権的性質を重視した場合、担保権者の所有権取得後も、同人からの清算金提供があるまでは弁済取戻しが可能であると解すべく、この解釈を前提とするならば、清算金の数額も、訴訟外においては清算金提供の時、訴訟上本登記請求または明渡請求をする場合には口頭弁論終結時を基準として算定すべきものと考える。
ところで、≪証拠省略≫によれば、本件土地上には、そのうち約一〇〇坪に被告所有の建物が、残りの部分上に第三者所有建物が存在し、右第三者は借地権を有していること(この借地権が原告に対抗できるものであるとは原被告双方とも主張しないところであるが、被告新井はこの借地権の存在によって本件土地の評価額が著しく減少することを自認しているので、弁論の全趣旨からするとこの借地権は原告に対抗できるものと認められる)、本件土地の三・三平方メートルあたり更地価格は口頭弁論終結時において三〇万円であることが認められるから(被告新井所有建物の存在によって法定地上権の負担を考慮すべきか、また負担割付の関係で本件仮登記担保権について本件土地以外に共同担保となる不動産の存否が問題となるが、原告はこれについてなんらの主張立証をしない)、本件土地四七二・七一平方メートル中右一〇〇坪分の価格は三〇〇〇万円、借地権付部分の価格は借地権割合を七〇パーセントとみて九〇八万一五四四円(円未満切捨)、合計で三九〇八万一五四四円であり、≪証拠省略≫によれば、先順位の負担として昭和三七年一〇月九日設定の訴外西武株式会社の元本極度額八〇〇万円、約定損害金日歩八銭の根抵当権および所有権移転仮登記が存在し、その被担保債権額は本件口頭弁論終結時の昭和五〇年九月一九日現在で元本三九七万四〇〇〇円とこれに対する昭和三七年一一月一一日から昭和五〇年九月一九日まで四六九五日間(昭和三九、四三、四七年は一年を三六六日として計算)日歩八銭の割合による一四九二万六三四四円の合計一八九〇万三四四円であることが認められるから、本件土地の評価額は二〇一八万一二〇〇円であり、同時点における原告の被告新井に対する被担保債権は、元本五〇〇万円、昭和三七年一二月一三日から同三九年一二月三一日まで年一割五分の割合による利息一五三万九〇四一円、昭和四〇年一月一日から同五〇年九月一九日まで三九一四日間(昭和四三、四七年は一年を三六六日として計算)日歩八銭の割合による損害金一五六五万六〇〇〇円、以上合計二二一九万五〇四一円であるから、本件において被告新井が原告から交付を受けるべき清算金は存在しないことになる。
3 しからば、原告の被告新井に対する本件仮登記に基づく本登記手続は無条件で認容すべきものである。
六 被告深田が本件土地につき請求原因7項の登記を有する事実は原告と同被告間に争いがなく、また被告会社が請求原因7項の登記を有する事実は≪証拠省略≫によって認められ、右各被告の登記はいずれも原告の仮登記に遅れるものであるから、同被告らは原告の本件本登記手続を承諾する義務を負うものである。
七 以上によれば、原告の本訴請求は全部正当であるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 稲守孝夫)
<以下省略>